「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」の違いは?意味を比較

親に似ながら親を超えて成長する子どもと父親

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」
は、どちらも親と子の関係を表したことわざですが、意味は大きく異なります。

「鳶が鷹を生む」は、
「平凡な親から思いがけず優れた子どもが生まれること」
を表します。

一方、「蛙の子は蛙」は、
「子どもの性質や能力は親に似るものだ」
という意味で使われます。

そのため、この2つは意味が対照的なことわざとして比較されることがあります。
この記事では、「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」の意味と違いを比較しながら、使い分けや例文についてわかりやすく解説します。

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」の違いを簡単にいうと?

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」の違いを簡単にいうと、子どもが「親とは違う」のか、「親に似ている」のかという点にあります。

「鳶が鷹を生む」は、平凡な親から、思いがけず優れた子どもが生まれることを表します。

一方、「蛙の子は蛙」は、子どもの性質や能力などは親に似るものだ、という意味で使われます。

違いを一言で表すと

まずは、2つの違いをできるだけ簡単に整理してみましょう。

ことわざ簡単にいうと注目するところ
鳶が鷹を生む親から予想できないほど優れた子が現れる親と子の違い
蛙の子は蛙子どもはやはり親に似る親と子の共通点

ポイントは、単純に「優秀な子」と「平凡な子」を比べているわけではないことです。

親と比べて子どもをどう見るかによって、使うことわざが変わります。

親との「違い」に注目するのが「鳶が鷹を生む」

たとえば、両親はスポーツとは縁がなかったのに、子どもが全国大会で活躍する選手になったとします。

この場合は、親からは予想できなかった才能を子どもが発揮しているため、「鳶が鷹を生む」と表現できます。

つまり、「親には見られなかった優れた才能が子どもに現れた」という意外性がポイントです。

親との「共通点」に注目するのが「蛙の子は蛙」

一方、父親が昔から絵を描くのが得意で、その子どもも絵が得意だったとします。

この場合は、「やはり親子は似ている」という点に注目して、「蛙の子は蛙」と表現できます。

こちらでは、子どもが親を超えたかどうかよりも、親と子に似たところがあることがポイントになります。

同じ親子でも両方の見方ができることがある

ここが、2つのことわざを使い分けるうえで面白いところです。

たとえば、父親が学生時代に野球をしており、その息子がプロ野球選手になったとしましょう。

「父親も息子も野球が得意」という共通点に注目すれば、「蛙の子は蛙」と見ることができます。

しかし、「父親は学生野球までだったのに、息子はプロで活躍する選手になった」という違いに注目すれば、「鳶が鷹を生む」と表現することもできます。

つまり、2つのことわざの違いを理解するには、子どもだけを見るのではなく、「親と子のどの部分を比べているのか」を考えることが大切です。

「鳶が鷹を生む」は親を超えるような子を表す

「鳶が鷹を生む」は、平凡な親から、思いがけず優れた子どもが生まれることを表すことわざです。

ここで大切なのは、単に「優秀な子ども」というだけではなく、親と比べたときに、子どもの才能や能力が際立っていることです。

親からは予想できない才能がポイント

「鳶」と「鷹」は、どちらも空を飛ぶ鳥ですが、ことわざの中では、鳶に対して鷹のほうが優れた存在として対比されています。

そこから、鳶が鷹を生むという本来あり得ない組み合わせを使って、親からは予想できないほど優れた子どもが現れる意外性を表しています。

たとえば、両親は音楽の経験がほとんどないのに、子どもが幼いころから音楽の才能を発揮し、優れた演奏家になった場合などがわかりやすいでしょう。

このような親子について、「鳶が鷹を生むとはこのことだ」と表現できます。

「親と違う」だけでは使わない

ただし、子どもが親と違っていれば、何でも「鳶が鷹を生む」と表現できるわけではありません。

たとえば、父親は運動が好きで、子どもは読書が好きというだけでは、単に親子の好みが違うだけです。

「鳶が鷹を生む」には、子どもが親からは予想できないような優れた才能や能力を示したという意味が含まれます。

つまり、「親子の違い」に加えて、「子どもの優秀さ」が重要になります。

親を基準にして子どもの成長を見ることわざ

「鳶が鷹を生む」は、子どもだけを評価する表現ではありません。

親と子を比較し、その差に驚いたときに使われることわざです。

たとえば、親自身が「私は勉強が苦手だったのに、息子は難関大学に合格した。鳶が鷹を生んだようなものだ」と話す使い方があります。

このように自分の子どもについて使えば、親自身を控えめに評価しながら、子どもの成長や才能を喜ぶ表現にもなります。

一方、「蛙の子は蛙」では、親を超えたかどうかではなく、親と子の似ている部分に注目します。

この「親との違いを見るか、親との共通点を見るか」が、2つのことわざを使い分ける大きなポイントになります。

「鳶が鷹を生む」の意味や由来、読み方、詳しい使い方については、こちらの記事で解説しています。

「鳶が鷹を生む」とは?意味・由来や使い方を例文でわかりやすく解説

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「蛙の子は蛙」は親に似た子を表す

「蛙の子は蛙」は、子どもの性質や能力は親に似るものだという意味を表すことわざです。

「鳶が鷹を生む」が親と子の違いに注目するのに対して、「蛙の子は蛙」は親子の共通点に注目します。

親と同じような性格だったり、同じ分野が得意だったりする子どもについて使われる表現です。

並んで絵を描く母親と娘

親と子の性質や得意なことが似ている場合には、「蛙の子は蛙」と表現できます。

おたまじゃくしも成長すれば蛙になる

蛙の子どもであるおたまじゃくしは、幼い姿だけを見ると親の蛙とは大きく異なります。

しかし、成長すれば結局は蛙になります。

そこから、子どもも成長していくと親に似た性質や能力を持つようになる、という意味で「蛙の子は蛙」といわれます。

見た目だけではなく、性格や才能、行動などについて親子の似ているところを表す場合にも使われます。

「やはり親子だ」と感じたときに使われる

たとえば、父親が昔から機械いじりが好きで、その息子も小さいころから機械を分解したり組み立てたりすることが好きだったとします。

このような場合には、

「お父さんも機械が好きだったけれど、息子も同じだね。蛙の子は蛙だ」

と表現できます。

親子に同じような特徴が見られたときの、「やはり親子は似るものだ」という感覚を表しているわけです。

必ずしも褒め言葉になるとは限らない

「蛙の子は蛙」は、親子が似ていることを表しますが、使われる場面によっては少し否定的なニュアンスを持つことがあります。

特に能力について使うと、「子どもも結局は親と同じ程度に落ち着く」という意味に受け取られることがあります。

そのため、誰かの子どもの将来や能力について「蛙の子は蛙だから」と言えば、可能性を低く見ているように聞こえる場合があります。

単純に「親子が似ている」という意味だけで使われる場合もあるため、前後の文脈や使う相手に注意が必要です。

「鳶が鷹を生む」とは見るところが違う

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」を比べるときは、子どもが優秀かどうかだけで判断する必要はありません。

親にはなかった優れた才能に注目するなら「鳶が鷹を生む」、親と子の似ている部分に注目するなら「蛙の子は蛙」と考えるとわかりやすくなります。

つまり、同じ親子についても、どこに注目するかによって使えることわざが変わることがあるのです。

同じ親子でも見方によって使うことわざが変わる

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」は、意味が対照的に見えることわざです。

しかし実際には、同じ親子について、どちらのことわざも使える場合があります。

ポイントになるのは、その親子の「違い」に注目するのか、それとも「似ているところ」に注目するのかです。

野球経験のある父親と本格的に野球をする息子

同じ親子でも、共通点を見れば「蛙の子は蛙」、子どもの成長や違いを見れば「鳶が鷹を生む」と表現できる場合があります。

同じ野球親子でも表現が変わる

たとえば、父親が学生時代に野球をしており、その息子がプロ野球選手になったケースを考えてみましょう。

父親も息子も野球が得意という点に注目すれば、親子の共通点があります。

この場合には、

「父親も野球が得意だったから、蛙の子は蛙だね」

という見方ができます。

一方、父親は学生時代に野球をしていただけなのに、息子はプロになり、さらに一流選手として活躍したとします。

今度は、息子が父親を大きく上回るほど活躍した点に注目して、

「まさに鳶が鷹を生んだようなものだ」

と表現することもできます。

「何が似ているか」と「何が違うか」を考える

別の例として、親子とも絵を描くことが好きだったとしましょう。

「親も子も絵が好き」という共通点を見るなら、「蛙の子は蛙」が合います。

ところが、親は趣味として絵を楽しんでいただけなのに、子どもが画家として高く評価されるようになった場合には、「鳶が鷹を生む」という見方もできます。

注目するところ使いやすいことわざ
親と子の性質・才能・行動などが似ている蛙の子は蛙
子どもが親から予想できないほど優れた才能を発揮した鳶が鷹を生む

子どもが優秀だから「鳶が鷹を生む」とは限らない

ここで注意したいのは、子どもが優秀だからといって、必ず「鳶が鷹を生む」になるわけではないことです。

たとえば、親も一流のピアニストで、子どもも一流のピアニストになった場合を考えてみましょう。

子どもは非常に優秀ですが、親にも同じような才能があります。

この場合、単に子どもが優秀という理由だけで「鳶が鷹を生む」とするのは、ことわざ本来の意味とは少しずれます。

親子の共通する才能に注目するのであれば、「蛙の子は蛙」のほうが意味に合いやすくなります。

2つの違いは「評価」より「比較の視点」

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」を使い分けるときは、「どちらの子どものほうが優秀か」と考える必要はありません。

親と比べて意外なほど優れている点を見るのか、親子に共通する点を見るのかが重要です。

同じ親子であっても、話し手がどこに注目するかによって、使うことわざが変わることがあります。

この「比較する視点の違い」が、「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」を使い分ける大きなポイントです。

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どっちを使う?具体的な場面で比較

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」の意味がわかっても、実際の会話では「この場合はどちらを使えばいいのだろう?」と迷うことがあります。

そこで、具体的な場面ごとに、どちらのことわざが使いやすいのかを見てみましょう。

音楽が好きな親に見守られながらピアノに取り組む娘

親との共通点を見るのか、親を超えるような成長を見るのかによって、使うことわざが変わります。

両親は勉強が苦手だったが、子どもが難関大学に合格した

この場合は、「鳶が鷹を生む」が使いやすいでしょう。

親にはなかった能力を子どもが発揮し、予想以上の成果を上げたという点に当てはまるからです。

親自身が、

「私たちは二人とも勉強が苦手だったのに、娘が難関大学に合格するとは、鳶が鷹を生んだようなものだ」

と話すような使い方ができます。

父親も息子も料理が得意

親子に共通する才能に注目するのであれば、「蛙の子は蛙」が合います。

たとえば、料理人の父親を見て育った息子も料理が得意になった場合です。

「お父さんも料理が上手だけれど、息子も上手だね。蛙の子は蛙だ」

というように、親子の似ている部分を表現できます。

親は趣味だったが、子どもはプロになった

少し判断が難しいのが、このようなケースです。

たとえば、母親が趣味でピアノを弾いており、その子どもがプロのピアニストになったとします。

「親子ともピアノが得意」という点を見るなら、「蛙の子は蛙」と表現できます。

一方、母親は趣味として楽しんでいただけなのに、子どもはプロとして活躍するまでになったという差に注目すれば、「鳶が鷹を生む」という見方もできます。

この場合は、どちらが正しいというより、何を伝えたいかによってことわざを選ぶことになります。

親も子も同じ職業に就いた

父親が医師で、子どもも医師になったというだけなら、親子の共通点を表す「蛙の子は蛙」のほうが意味としては近くなります。

ただし、同じ職業に就いたという事実だけで、必ずことわざを使う必要はありません。

親子が似ていることを話題にしている場面で使うと、より自然です。

迷ったときは「親との違い」と「親との共通点」で判断する

どちらを使うか迷ったときは、次のように考えるとわかりやすいでしょう。

こんな場面使いやすいことわざ
親にはなかった優れた才能を子どもが発揮した鳶が鷹を生む
親と子の性格や能力などがよく似ている蛙の子は蛙
親と同じ分野で子どもが大きく活躍した注目する点によって両方あり得る

つまり、「親から見て意外なほど優れた子」なら「鳶が鷹を生む」、「やはり親に似た子」なら「蛙の子は蛙」と考えるのが基本です。

実際の場面では、子どもの能力だけを見るのではなく、親との関係をどのように表現したいのかによって使い分けるとよいでしょう。

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」の例文10選

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」は、親と子のどこに注目するかによって使い分けます。

ここでは、実際の会話や文章で使いやすい例文を、それぞれ5例ずつ紹介します。

「鳶が鷹を生む」を使った例文5選

① 私たち夫婦は勉強が苦手だったのに、息子が難関大学に合格するとは、まさに鳶が鷹を生むだね。

親からは予想できないほど子どもが優れた成果を上げた場面です。

② 両親には音楽経験がないのに、娘は若くしてピアニストとして活躍している。鳶が鷹を生むとはこのことだろう。

親にはなかった才能を子どもが発揮したことに注目しています。

③ 父親は運動が苦手だったそうだが、息子は全国大会で優勝した。鳶が鷹を生んだようなものだ。

親と子の能力の違いが際立っている例です。

④ 私には絵心がまったくないのに、娘の作品がコンクールで入賞した。鳶が鷹を生んだとは、こういうことかもしれない。

親自身が自分を控えめに評価しながら、子どもの才能を喜ぶ使い方です。

⑤ 両親ともごく普通の会社員だったが、息子は世界的な研究者になった。鳶が鷹を生むという言葉がぴったりだ。

子どもの思いがけない活躍を親と比較して表現しています。

「蛙の子は蛙」を使った例文5選

⑥ 父親も学生時代は野球部だったが、息子も野球に夢中だ。蛙の子は蛙だね。

親子が同じものを好んでいることに注目した例です。

⑦ 母親も料理が得意だけれど、娘も料理が上手だ。やはり蛙の子は蛙なのだろう。

親子に共通する得意分野を表しています。

⑧ 父親は昔から本が好きだったが、息子も一日中本を読んでいる。蛙の子は蛙とはよく言ったものだ。

親子の好みや性質が似ている場面で使っています。

⑨ 母親も子どものころから絵を描くのが好きだったそうだ。娘が絵ばかり描いているのを見ると、蛙の子は蛙だと思う。

親子の共通点に気づいたときの使い方です。

⑩ 父親は話好きで、息子も人と話すのが大好きだ。蛙の子は蛙ということなのだろう。

能力だけでなく、性格や行動が親に似ている場合にも使えます。

例文で比べると使い分けがわかりやすい

伝えたいこと使うことわざ
親にはなかった才能や優れた能力を子どもが発揮した鳶が鷹を生む
親子の性格・能力・好みなどが似ている蛙の子は蛙

例文を比べると、「鳶が鷹を生む」は親との違い、「蛙の子は蛙」は親との共通点を表すことがわかります。

どちらを使うか迷ったときは、「この親子の違いを伝えたいのか、それとも似ているところを伝えたいのか」を考えると選びやすくなります。

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「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」はどちらも失礼になる?

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」は、どちらも親と子を比べることわざです。

意味は異なりますが、使い方によっては相手に失礼な印象を与えることがあるという点は共通しています。

特に、自分の家族ではなく他人の親子について使う場合には注意が必要です。

「鳶が鷹を生む」は子どもを褒めても親に失礼なことがある

「鳶が鷹を生む」は、優れた子どもを褒める表現として使われることがあります。

しかし、このことわざには「親は平凡なのに、子どもは優れている」という比較が含まれています。

そのため、他人の親子に対して、

「息子さんは本当に優秀ですね。鳶が鷹を生むとはこのことですね」

と言うと、子どもを褒めているつもりでも、親には「あなたは平凡ですね」と言っているように聞こえる可能性があります。

自分自身を鳶にたとえて、「うちの子は私に似ず優秀で、鳶が鷹を生んだようなものです」と使うほうが、比較的自然です。

「蛙の子は蛙」は子どもの可能性を決めつけることがある

「蛙の子は蛙」も、単純に「親子は似ている」という意味で使われることがあります。

しかし、場面によっては「子どもは結局、親と同じ程度にしかならない」という否定的なニュアンスを持つことがあります。

たとえば、何かに挑戦している子どもについて、

「親があの程度なのだから、蛙の子は蛙だよ」

と言えば、親だけでなく子どもの能力や将来まで低く評価しているように聞こえます。

本人の努力や成長の可能性を否定するような場面では、使わないほうがよいでしょう。

同じ親子でも褒め方によって印象が変わる

親子の共通点や子どもの活躍を褒めたいだけなら、必ずしもことわざを使う必要はありません。

ことわざを使った表現より直接的な表現
鳶が鷹を生んだようですね息子さん、本当に素晴らしい活躍ですね
蛙の子は蛙ですねお父さんと同じように野球が得意なんですね

直接的に褒めれば、親や子どもの能力を必要以上に比較せずに済みます。

他人には慎重に、自分については使いやすい

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」は、意味を理解するだけなら便利なことわざですが、実際の会話では相手との関係や場面を考える必要があります。

特に他人の親子については、親や子どもの能力を決めつけるような使い方を避けることが大切です。

「鳶が鷹を生む」は親を低く評価しているように聞こえることがあり、「蛙の子は蛙」は子どもの可能性を低く見ているように聞こえることがあります。

2つのことわざは意味だけでなく、誰について、どのような場面で使うのかまで考えて使い分けるとよいでしょう。

「鳶が鷹を生む」の反対語や対義語として、ほかにどのようなことわざがあるのか知りたい方は、こちらも参考にしてください。

「鳶が鷹を生む」の反対は?対義語・反対の意味のことわざを解説

まとめ|親との違いなら「鳶が鷹を生む」・親に似るなら「蛙の子は蛙」

「鳶が鷹を生む」と「蛙の子は蛙」は、どちらも親と子の関係を表したことわざですが、注目するところが異なります。

「鳶が鷹を生む」は、平凡な親から、親にはなかったような優れた才能を持つ子どもが生まれることを表します。

一方、「蛙の子は蛙」は、子どもの性質や能力などは親に似るものだという意味で使われます。

ことわざ意味注目するところ
鳶が鷹を生む平凡な親から優れた子どもが生まれる親と子の違い
蛙の子は蛙子どもの性質や能力は親に似る親と子の共通点

ただし、2つのことわざは、いつでも完全に反対になるわけではありません。

たとえば、父親と息子が同じスポーツを得意としていて、息子がさらに一流選手へ成長した場合です。

親子が同じスポーツを得意としている点に注目すれば「蛙の子は蛙」、息子が親を大きく上回る活躍をした点に注目すれば「鳶が鷹を生む」という見方ができます。

つまり、使い分けで大切なのは、「親と子のどこを比べているのか」です。

親にはなかった優れた才能や成果に注目するなら「鳶が鷹を生む」、親子の似ている性質や能力に注目するなら「蛙の子は蛙」と覚えるとわかりやすいでしょう。

また、どちらも親と子を比較することわざなので、他人に使うと失礼になる場合があります。

意味の違いだけでなく、相手や場面にも注意しながら使うことが大切です。

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