「出る杭は打たれる」の由来・語源とは?ことわざの成り立ちを解説

江戸時代を思わせる川沿いで高さの違う木製の杭を打つ職人

「出る杭は打たれる」は、
「人より目立つ人や抜きん出た人が、周囲から妬まれたり批判されたりすることを表すことわざ」
です。

では、なぜ「杭」が使われ、
「打たれる」
と表現されるのでしょうか。

実際に並んだ杭の中で高く出た一本が打たれる様子を人間社会に重ねた表現ですが、ことわざとして
「どのように定着してきたのか」
も気になるところです。

この記事では、「出る杭は打たれる」の由来や語源、言葉の成り立ちをたどりながら、現在の意味へどのようにつながったのかをわかりやすく解説します。

スポンサーリンク

「出る杭は打たれる」の由来・語源とは?

「出る杭は打たれる」の由来は、並べて打ち込まれた杭の中に一本だけ高く出ている杭があると、ほかの杭と高さをそろえるために、その杭がさらに打ち込まれることにあります。

この実際の杭の様子を、人間社会に置き換えたのが「出る杭は打たれる」ということわざです。

つまり、

「出る杭」
→ 周囲より目立つ人・抜きん出た人

「打たれる」
→ 妬まれる・批判される・妨げられる・制裁を受ける

という比喩になっています。

周囲より高く出た杭が打たれる様子を、周囲より抜きん出た人物が反発を受ける姿に重ねたことが、このことわざの基本的な成り立ちです。

一本だけ高い杭が打たれることから生まれた

杭を何本も並べて打ち込んだとき、一本だけ周囲より高く出ていれば、その杭は目立ちます。

高さをそろえる必要がある場合には、飛び出している杭をさらに打ち込みます。

この単純で分かりやすい光景が、人間関係を表すたとえになりました。

人間社会でも、周囲より優れた才能を発揮したり、目立った行動をしたりすると、ほかの人から妬まれたり批判されたりすることがあります。

杭の場合は「高さをそろえる」ために打ちますが、人間について使う場合は、周囲より目立つ存在が周囲から抑えられることを意味します。

「出る杭」は目立つ人・抜きん出た人のたとえ

ことわざに登場する「出る杭」は、単に出しゃばる人だけを意味するわけではありません。

才能や手腕があって頭角を現した人も「出る杭」に含まれます。

たとえば、

・周囲より優れた成果を上げた人
・才能や能力が抜きん出ている人
・新しい考え方を示した人
・周囲とは違う行動を取った人

などです。

一方で、必要以上に出しゃばったり、出過ぎた振る舞いをしたりする人について使われることもあります。

そのため、「出る杭は打たれる」には、「優秀な人が妬まれる」という意味と、「出過ぎた人が非難される」という意味の両方があります。

「打たれる」は周囲から抑えられることのたとえ

人について「打たれる」といっても、もちろん実際に杭のように打つという意味ではありません。

ことわざでは、

「妬まれる」

「憎まれる」

「批判される」

「妨げられる」

「非難や制裁を受ける」

といった周囲からの反応を表しています。

つまり、このことわざには、

周囲より出る

目立つ

周囲から反発を受ける

という構造があります。

「出る」ことと「打たれる」ことが、人間関係の原因と結果を表しているわけです。

「出る釘は打たれる」という言い方もある

「出る杭は打たれる」ではなく、「出る釘は打たれる」という言い方を聞くこともあります。

一般的には「出る杭は打たれる」が広く使われていますが、「出る釘は打たれる」という形にも使用例があります。

「杭」も「釘」も、周囲より頭が出ていれば打ち込まれるという点では共通しているため、似た表現が生まれたと考えると分かりやすいでしょう。

ただし、ことわざとして覚えるなら、まず「出る杭は打たれる」を基本の形として覚えておけばよいでしょう。

由来は「日本人は目立つ人を嫌うから」と断定できない

「出る杭は打たれる」は、日本社会の同調圧力や「周囲と同じであること」を重視する文化と結び付けて説明されることがあります。

しかし、ことわざの由来そのものを、

「日本人は昔から目立つ人を嫌ったから生まれた」

と単純に説明するのは慎重であるべきでしょう。

確実に確認できる基本的な由来は、周囲より高く出た杭が、ほかと高さをそろえるために打たれるという具体的な光景を人間社会にたとえたものです。

そこから、才能のある人が妬まれたり、出過ぎた振る舞いをした人が非難されたりする意味で使われるようになりました。

では、このことわざはいつ頃から使われているのでしょうか。

実は、「出る杭は打たれる」にあたる表現は、かなり古い文献にも確認できます。

その歴史については、後の章で詳しく見ていきます。

「出る杭は打たれる」そのものの意味や使い方、例文については、「出る杭は打たれる」とは?意味と使い方を例文付きでわかりやすく解説で詳しく紹介しています。

なぜ「出る杭」が「打たれる」のか?

「出る杭は打たれる」ということわざを理解するポイントは、「出る」と「打たれる」の関係にあります。

何本もの杭を同じ高さにそろえて打ち込む場合、一本だけ高く出ていれば、その杭はほかと同じ高さになるようさらに打ち込まれます。

「周囲より出ているものを、周囲と同じところまで戻す」という動作が、人間社会で目立つ人や抜きん出た人が周囲から抑えられる様子と重なったわけです。

「出る」は周囲との比較によって生まれる

このことわざでいう「出る」は、単に高いという意味だけではありません。

大切なのは、周囲との比較です。

一本だけ杭が立っていても、それが「出ている」かどうかは分かりません。

同じような高さの杭が並んでいる中で、一本だけ高ければ、初めて「出ている」ことがはっきりします。

人間社会に置き換えても同じです。

能力、成績、考え方、行動などが周囲と同じなら、それほど目立たなくても、誰か一人が大きな成果を上げたり、異なる意見を示したりすれば目につきます。

つまり、「出る杭」とは絶対的に目立つ人物ではなく、周囲と比べて抜きん出た存在と考えると分かりやすいでしょう。

杭を打つのは高さをそろえるため

実際の杭で考えれば、高く出た杭を打つこと自体に悪意があるわけではありません。

必要な高さまで打ち込み、ほかの杭とそろえるための作業です。

ところが、これを人間社会に置き換えると意味が変わります。

周囲より才能のある人が妬まれる。

成功した人が批判される。

人と違う意見を出した人が反発を受ける。

こうした状況では、結果として「周囲より出ていた人を、周囲と同じところまで押し戻そうとする」ように見えることがあります。

この共通点が、「杭を打つ」という具体的な動作と、人間関係を結び付けています。

同じ高さに並んだ木製の杭の中で一本だけ高く出ている杭

周囲と同じ高さの中に一本だけ高い杭があれば自然と目立ちます。「出る杭」は周囲との比較によって生まれる比喩です

「打たれる」には周囲からの力が働いている

もう一つ注目したいのが、「打たれる」という受け身の形です。

杭は自分で低くなるのではありません。

外から力を加えられることで、打ち込まれます。

人について使う場合も、

・妬まれる
・批判される
・反対される
・非難される
・行動を妨げられる

など、周囲から何らかの力が加わる状況を表します。

そのため、「出る杭は打たれる」は、単に「目立つ人がいる」というだけのことわざではありません。

目立った人に対して、周囲が反応するところまで含んだ表現なのです。

優秀な人だけが「出る杭」になるわけではない

「出る杭」というと、才能のある人や成功者を思い浮かべるかもしれません。

しかし、「周囲より出る」理由は能力だけではありません。

たとえば、周囲が賛成している中で一人だけ反対意見を述べれば、その人は目立ちます。

昔から続く方法を一人だけ変えようとしても、周囲との違いがはっきりします。

反対に、必要以上に自分をアピールしたり、出しゃばったりしたために目立つ場合もあります。

そのため、「出る杭は打たれる」は、

優秀だから目立つ場合

と、

言動が出過ぎて目立つ場合

のどちらにも使われてきました。

「出る杭=優秀な人」とだけ覚えてしまうと、ことわざの意味を狭く捉えることになります。

「杭」という比喩だから状況を短く表現できる

「周囲より目立つ人物は、その才能や行動によって周囲から妬みや批判、反発を受けることがある」

と説明すると長くなります。

しかし、

「出る杭は打たれる」

なら、わずかな言葉でその状況を表せます。

並んだ杭

一本だけ出る

目立つ

打たれる

という光景が分かりやすいためです。

具体的な「杭」の光景を、人間社会の抽象的な関係へ置き換えたところに、このことわざの特徴があります。

では、「出る杭は打たれる」という表現は、いつ頃から使われているのでしょうか。

次の章では、古い文献に残る用例を手がかりに、ことわざの歴史をたどっていきます。

スポンサーリンク

「出る杭は打たれる」はいつから使われている?

「出る杭は打たれる」が正確にいつ生まれ、誰が最初に使ったのかを特定するのは簡単ではありません。

しかし、現在につながる表現は、少なくとも江戸時代前期には使われていたことが文献から確認できます。

その重要な資料が、1641年(寛永18年)に刊行された『北条五代記』です。

つまり、「出る杭は打たれる」は現代になって生まれた言葉ではなく、400年近く前にはすでに使われていたことになります。

1641年刊『北条五代記』に用例がある

『北条五代記』は、小田原北条氏に関する出来事などを記した江戸時代前期の軍記です。

この『北条五代記』巻二には、

「出るくゐのうたるる」

という趣旨の表現が確認されています。

ここで注目したいのは、この言葉が文章の中で「俗にいう」という形で使われていることです。

つまり、著者がそこで新しく作った言葉というより、当時すでに世間で知られていた言い回しだった可能性を示しています。

そのため、「1641年にこのことわざが生まれた」という意味ではありません。

文献によって確認できる用例が1641年にある、と理解するのが適切です。

江戸時代前期にはすでに知られていた可能性が高い

『北条五代記』に登場する時点ですでに一般的な言い回しとして扱われていたとすれば、「出る杭は打たれる」にあたる表現そのものは、それ以前から口頭で使われていた可能性があります。

ことわざは、誰か一人が作ってすぐに辞書へ掲載されるとは限りません。

人々の会話や生活の中で使われ、広まった後に文章として記録されることもあります。

そのため、

「出る杭は打たれるの起源は1641年」

と断定するより、

「少なくとも江戸時代前期には、現在につながる表現が使われていた」

とするほうが正確です。

江戸時代前期を思わせる日本家屋で和綴じの古い書物を読む人物

「出る杭は打たれる」につながる表現は、1641年刊の『北条五代記』にも確認できます。

江戸時代後期の文献にも見られる

「出る杭は打たれる」は、その後の江戸時代の文献にも確認できます。

ことわざ辞典では、江戸時代の滑稽本『風来六部集』も、このことわざの出典の一つとして挙げられています。

一つの文献だけに現れて消えた表現ではなく、時代を経ながら使われ続け、現在まで伝わってきたことが分かります。

現在でも、

「才能のある人は妬まれやすい」

「人より目立つと批判されやすい」

「出過ぎた行動をすると反発を受ける」

といった意味で使われており、長い歴史を持つことわざの一つといえるでしょう。

「出る釘は打たれる」はもっと新しい?

現在、「出る杭は打たれる」とともに「出る釘は打たれる」という表現も使われることがあります。

ただし、確認できる文献上の用例には年代差があります。

『日本国語大辞典 第二版』について紹介したジャパンナレッジの記事では、「出る釘は打たれる」の初出例として1931年の小説『綿』が挙げられています。

一方、「出る杭」にあたる表現は1641年刊の『北条五代記』まで遡れます。

文献上確認できる範囲では、

「出る杭は打たれる」
→ 江戸時代前期

「出る釘は打たれる」
→ 昭和初期の用例が確認されている

という違いがあります。

ただし、文献で確認できる最古の用例と、実際に人々が言葉を使い始めた時期は必ずしも同じではありません。

「出る釘は打たれる」が1931年に突然生まれた、と考える必要はありません。

現在は「出る杭は打たれる」が一般的

現在は「出る杭は打たれる」の形が広く使われています。

文化庁が2006年度に行った「国語に関する世論調査」では、

「出る杭は打たれる」を使う
→ 73.1%

「出る釘は打たれる」を使う
→ 19.0%

という結果が報告されています。

つまり、「出る釘は打たれる」という言い方も実際に使われていますが、一般的なのは「杭」の形です。

また、国語辞典でも「出る杭は打たれる」を見出しとして掲載し、「出る釘は打たれる」ともいう、と説明しているものがあります。

「誰が作ったことわざ」かは断定しない

「出る杭は打たれる」について調べると、特定の人物や日本文化と結び付けた説明を目にすることがあります。

しかし、今回確認した資料からは、

「この人物が最初に作ったことわざである」

と断定できる根拠は確認できません。

分かっているのは、少なくとも1641年刊の『北条五代記』に現在につながる用例があり、その時点ですでに世間で使われていたと考えられることです。

したがって、

「江戸時代に○○という人物が作った」

と説明するのではなく、

「江戸時代前期にはすでに使われていたことが確認できる、古いことわざ」

と理解しておくのがよいでしょう。

次の章では、江戸時代から伝わる「出る杭は打たれる」が、昔はどのような意味で使われ、現在の意味とどの程度共通していたのかを見ていきます。

昔の「出る杭は打たれる」はどんな意味だった?

「出る杭は打たれる」は江戸時代前期の文献にも確認できる古いことわざですが、昔と現在で意味がまったく違っていたと考える必要はありません。

現在の「出る杭は打たれる」には、大きく分けて、

「才能や手腕があって抜きん出た人は、周囲から憎まれたり妨げられたりする」

「出過ぎた振る舞いをする人は、周囲から非難されたり制裁を受けたりする」

という二つの意味があります。

「優れているために目立つ人」と「出過ぎた行動によって目立つ人」の両方について使えるのが、このことわざの特徴です。

江戸時代の用例にも「出過ぎることへの戒め」が見える

前の章で紹介したように、1641年刊の『北条五代記』には、「出る杭は打たれる」にあたる表現が登場します。

しかも、「俗にいう」という形で引用されていることから、当時すでに知られた言い回しだったと考えられます。

ただし、ここで注意したいのは、古い用例が存在するからといって、

「江戸時代から現在とまったく同じニュアンスで使われていた」

と単純に断定することはできない点です。

ことわざは、使われる時代や場面によって意味の重点が変わることがあります。

古い用例を考える場合には、前後の文脈を含めて、その場面で何を「出る杭」にたとえているのかを見る必要があります。

「出る杭」には二つの見方がある

「出る杭」という言葉からは、「周囲より優秀な人」を連想することが多いでしょう。

しかし、「出る」ことは必ずしも能力の高さだけを意味しません。

人より才能がある
→ 抜きん出て目立つ

人より大きな成果を上げる
→ 成功によって目立つ

周囲とは違う意見を述べる
→ 行動や考え方によって目立つ

必要以上に出しゃばる
→ 出過ぎた振る舞いによって目立つ

というように、目立つ理由には違いがあります。

そのため「出る杭は打たれる」は、優秀な人への同情にも、出過ぎた人への戒めにも使えることわざなのです。

「出る杭は打たれる」の基本的な意味や使い方、具体的な例文については、「出る杭は打たれる」とは?意味と使い方を例文付きでわかりやすく解説で詳しく紹介しています。

「才能があるから妬まれる」という意味だけではない

現在では、

「優秀な社員が周囲から妬まれた」

「成功した人が批判された」

といった場面で「出る杭は打たれる」がよく使われます。

このため、「才能のある人は妬まれる」という意味だけのことわざだと思われることがあります。

しかし、それでは意味を狭く捉えることになります。

たとえば、

「余計なことまで口を出して非難された」

「自分だけが目立とうとして反感を買った」

という場面でも使えます。

この場合の「打たれる」は、不当に才能を抑えられたというより、出過ぎた言動に対して周囲から反発や制裁を受けたという意味になります。

「出る杭=正しい人」とも限らない

「出る杭は打たれる」という言葉を聞くと、

「優秀な人が周囲から不当に攻撃される」

という構図を思い浮かべやすいかもしれません。

しかし、ことわざそのものは「出る杭」が正しい人物なのか、間違った人物なのかまで決めているわけではありません。

優れた能力を発揮したために妬まれる人も「出る杭」です。

一方、必要以上に出しゃばったために非難される人も「出る杭」になり得ます。

「なぜその人が周囲より出たのか」によって、ことわざのニュアンスが変わると考えると分かりやすいでしょう。

現在も二つの意味が残っている

「出る杭は打たれる」が長く使われてきた理由の一つは、一つの状況だけに限定されないことにあると考えられます。

現在の辞書でも、

「才能や手腕があって抜きん出ている人が憎まれる」

という意味と、

「出過ぎたことをする人が非難され、制裁を受ける」

という意味の両方が示されています。

つまり現在でも、

優秀だから打たれる
→ 妬み・嫉妬・足を引っ張られる

出過ぎたから打たれる
→ 非難・反発・制裁を受ける

という二つの方向で使われています。

「出る杭は打たれる」は、単に「日本では優秀な人が潰される」という意味だけのことわざではないことを覚えておくとよいでしょう。

意味が大きく変わったと断定する必要はない

江戸時代から現代まで長く使われてきたことから、「昔と今では意味が変わったのでは?」と考えることもできます。

しかし、確認できる資料だけから、

「昔は出しゃばる人への戒めだったが、現代になって優秀な人への嫉妬という意味に変化した」

などと明確な意味変化を断定することはできません。

むしろ、現在の辞書にも二つの意味が併記されていることから、「抜きん出た人が妨げられる」と「出過ぎた人が非難される」という二面を持つことわざとして理解するのが安全です。

そして、このことわざはしばしば「日本人の集団意識」や「同調圧力」と結び付けて語られます。

では、「出る杭は打たれる」という発想そのものは、本当に日本だけに見られるものなのでしょうか。

次の章で詳しく見ていきます。

「出る杭は打たれる」は日本特有のことわざ?

「出る杭は打たれる」は、日本社会の集団意識や同調圧力を象徴することわざとして紹介されることがあります。

確かに、日本で古くから使われてきたことわざです。

しかし、「目立つ人や成功した人が周囲から妬まれたり批判されたりする」という発想そのものが、日本だけに存在するわけではありません。

海外にも、よく似た社会現象を表す言葉があります。

オーストラリアには「Tall Poppy Syndrome」がある

非常に分かりやすい例が、オーストラリアなどで使われる「Tall Poppy Syndrome(トール・ポピー・シンドローム)」です。

「tall poppy」は、周囲より高く伸びたポピー(ケシ)の花を、目立つ人物や成功した人物にたとえた表現です。

そして「Tall Poppy Syndrome」は、成功して目立つ人や高い成果を上げた人を批判したり、引きずり下ろしたりする傾向を表します。

日本語の「出る杭は打たれる」と、

出る杭
→ 周囲より目立つ人

高く伸びたポピー
→ 周囲より目立つ成功者

という構造がよく似ています。

「周囲より高く出たもの」を「目立つ人物」にたとえている点でも、興味深い共通点があります。

「Tall Poppy」という表現にも長い歴史がある

「Tall Poppy Syndrome」は最近インターネット上で作られた表現ではありません。

オーストラリア国立大学のAustralian National Dictionary Centreによると、オーストラリア英語の「tall poppy」は1871年に用例が確認されています。

一方、「tall poppy syndrome」という形は1983年から確認されています。

つまり、

「成功して目立つ人物を高く伸びた植物にたとえる」

という発想は、海外にも以前から存在していたことが分かります。

さらに「tall poppy」という比喩の背景については、古代ローマの歴史家リウィウスが伝えた、高く伸びたケシの花の頭を落とす故事との関連も指摘されています。

同じ高さのポピーが咲く草原で一本だけ周囲より高く伸びた花

海外にも「Tall Poppy」のように、周囲より高く伸びた存在を目立つ人物にたとえる表現があります。

ニュージーランドでも「Tall Poppy Syndrome」が知られている

「Tall Poppy Syndrome」はオーストラリアだけで語られているわけではありません。

ニュージーランドでも、成功者や高い成果を上げた人物に対する反感を表す言葉として研究されています。

たとえば、ニュージーランドの起業家を対象にした研究では、成功した人物を批判するTall Poppy Syndromeが文化との関係で論じられています。

つまり、

「成功して周囲より目立つ」

「周囲から批判や反感を受ける」

という現象は、日本だけに限定して考えることはできません。

「出る杭は打たれる」の英語表現や海外の似た表現については、「出る杭は打たれる」は英語で何という?似た意味のことわざと表現を解説で詳しく紹介しています。

「出る杭は打たれる」と意味が完全に同じではない

ただし、「出る杭は打たれる」と「Tall Poppy Syndrome」を完全に同じ意味として扱うのも注意が必要です。

「Tall Poppy Syndrome」は、特に成功者や高い成果を上げた人が批判されたり、引きずり下ろされたりする現象を表す場合に使われます。

一方、「出る杭は打たれる」は、

才能があるため目立つ人

成功して目立つ人

周囲と違う意見を述べる人

出過ぎた言動をする人

など、より幅広い状況で使われます。

そのため、

「出る杭は打たれる = Tall Poppy Syndrome」

と完全に一対一で置き換えるのではなく、似た発想を持つ表現として理解するほうがよいでしょう。

「日本人は出る杭を嫌う」と単純化しない

「出る杭は打たれる」ということわざがあることを理由に、

「日本人は個性を嫌う」

「日本では成功者が必ず叩かれる」

「日本だけが周囲と違う人を認めない」

と結論づけるのは適切ではありません。

海外にもTall Poppy Syndromeのような表現があり、成功者や目立つ人物への反感は他の社会でも見られます。

もちろん、どのような人が目立ち、どの程度それが批判されるのかは、国や文化、時代、集団によって違うでしょう。

しかし、「目立つ人が周囲から反発を受ける」という人間関係そのものを、日本だけの特徴と考える必要はありません。

比喩は違っても「高く出たものが狙われる」という発想は似ている

日本語では、

「杭」

一本だけ高く出る

打たれる

という比喩が使われます。

一方、Tall Poppyでは、

「ポピー」

周囲より高く伸びる

切り下げられる

というイメージになります。

使われているものは「杭」と「花」でまったく違います。

それでも、「周囲より高く出た存在が目立ち、そのために外から力を受ける」という発想には共通する部分があります。

この比較からも、「出る杭は打たれる」を日本だけに存在する特殊な考え方として説明するのは慎重であるべきでしょう。

なお、「出る杭は打たれる」を英語でどのように表現するかについては、直訳と自然な英語表現では違いがあります。

英語表現については、別の記事で詳しく解説します。

スポンサーリンク

「出過ぎた杭は打たれない」はいつ生まれた?

「出る杭は打たれる」と対照的な表現として、「出過ぎた杭は打たれない」という言葉があります。

人より少し目立つ程度では批判や反発を受けても、誰にも簡単には追いつけないほど抜きん出れば、周囲も抑えられなくなるという意味で使われます。

この言葉は松下幸之助の名言として紹介されることがあります。

しかし、「松下幸之助が最初に作った言葉である」とまで断定する場合には注意が必要です。

松下幸之助の言葉として広く紹介されている

「出過ぎた杭は打たれない」は、パナソニックの創業者・松下幸之助の言葉として紹介されることがあります。

「出る杭は打たれる」という昔からのことわざに対して、

「それなら、簡単には打てないほど出ればよい」

という逆転の発想です。

「周囲に合わせて目立たないようにする」のではなく、むしろ自分の能力をさらに伸ばすという前向きな考え方として受け取られています。

そのため、仕事や経営、自己啓発などの場面でも使われるようになりました。

「松下幸之助が作った」と断定するのは慎重に

ここで区別したいのが、

「松下幸之助の言葉として知られている」

ことと、

「松下幸之助がこの表現を最初に作った」

ことです。

前者については、この言葉を松下幸之助のものとして紹介している資料があります。

しかし、今回確認した範囲では、この表現を松下幸之助が最初に作ったことまで証明できる明確な一次資料は確認できませんでした。

そのため、

「『出過ぎた杭は打たれない』は松下幸之助が作ったことわざです」

と断定するより、

「松下幸之助の言葉として広く紹介されています」

とするほうが適切でしょう。

堀場雅夫にもよく似た言葉がある

「出過ぎた杭」という考え方を語った人物は、松下幸之助だけではありません。

堀場製作所の創業者・堀場雅夫も、「出る杭」「出過ぎた杭」を使った言葉を残しています。

堀場雅夫の著書の用例として、

「出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれようがない」

という趣旨の表現が辞書にも採録されています。

考え方は「出過ぎた杭は打たれない」と非常によく似ています。

つまり、「出過ぎるほど抜きん出れば簡単には打たれない」という発想は、複数の経営者や著名人によって語られてきたことが分かります。

昔からのことわざ「出る杭は打たれる」とは分けて考える

ここで重要なのは、「出る杭は打たれる」と「出過ぎた杭は打たれない」の歴史を同じものとして扱わないことです。

「出る杭は打たれる」
→ 江戸時代前期の文献にも確認できる古いことわざ

「出過ぎた杭は打たれない」
→ 「出る杭は打たれる」を踏まえて使われるようになった対照的な表現

という違いがあります。

したがって、「出る杭は打たれる、出過ぎた杭は打たれない」という一続きのことわざが江戸時代から伝わってきたわけではありません。

後半の「出過ぎた杭は打たれない」は、古いことわざを逆方向から捉え直した表現として区別しておくと分かりやすいでしょう。

「出過ぎた杭は打たれない」が表す考え方

二つの表現を並べると、考え方の違いがはっきりします。

「出る杭は打たれる」
→ 目立つと批判や反発を受けることがある

「出過ぎた杭は打たれない」
→ 圧倒的に抜きん出れば簡単には抑えられない

前者からは「目立たないほうがよい」という教訓を読み取ることもできます。

一方、後者は、

「打たれることを恐れて自分を抑えるのではなく、さらに能力を伸ばす」

という方向へ発想を転換しています。

同じ「杭」の比喩を使いながら、消極的にも積極的にも受け取れるところが、この二つの表現を比較する面白さといえるでしょう。

誰の言葉かより「断定しすぎない」ことが大切

インターネットでは、有名な言葉が特定の人物の「名言」として広まることがあります。

しかし、「その人物が使った」と「その人物が最初に作った」は同じではありません。

「出過ぎた杭は打たれない」についても、松下幸之助の言葉として紹介されている一方、類似した表現はほかの人物にも見られます。

そのため由来を説明する場合は、

「松下幸之助の言葉として広く紹介されているが、この表現の最初の考案者まで断定するのは難しい」

と整理しておくのがよいでしょう。

「出る杭は打たれる」が長い歴史を持つことわざなのに対し、「出過ぎた杭は打たれない」は、そのことわざを逆転させた発想として現在まで広く使われています。

「出る杭は打たれる」の類語や言い換え、似たことわざや対義語については、「出る杭は打たれる」の類語・言い換えは?似たことわざや対義語も紹介で詳しく紹介しています。

「出る杭は打たれる」の由来・語源まとめ

「出る杭は打たれる」は、並んだ杭の中で一本だけ高く出た杭が、ほかと高さをそろえるために打ち込まれる様子を、人間社会にたとえたことわざです。

「出る杭」は周囲より目立つ人や抜きん出た人、「打たれる」は妬まれたり、批判されたり、反発を受けたりすることを表しています。

このことわざの歴史は古く、少なくとも1641年(寛永18年)刊の『北条五代記』には、現在の「出る杭は打たれる」につながる表現が確認できます。

しかも「俗にいう」という形で使われていることから、1641年に初めて生まれたのではなく、それ以前から人々の間で知られていた可能性があります。

また、「出る杭は打たれる」は、単に「優秀な人は妬まれる」という意味だけではありません。

才能や手腕があって抜きん出た人が妨げられる場合と、出過ぎた言動をする人が非難や制裁を受ける場合の、両方に使われます。

さらに、「目立つ人や成功した人が周囲から反発を受ける」という発想そのものが日本だけに存在するともいえません。

海外にも「Tall Poppy Syndrome」のように、成功して目立つ人物が批判されたり、引きずり下ろされたりする傾向を表す言葉があります。

一方、「出過ぎた杭は打たれない」は、江戸時代から伝わる「出る杭は打たれる」と同じ古いことわざではありません。

「出る杭は打たれる」を逆方向から捉え、「批判を恐れて自分を抑えるのではなく、簡単には抑えられないほど抜きん出る」という考え方を表す言葉として使われています。

「出る杭は打たれる」の由来を知ると、単なる「目立つな」という戒めではなく、周囲より抜きん出た存在と、それに反応する周囲との関係を、一本の杭にたとえたことわざであることが見えてきます。

「出る杭は打たれる」の基本的な意味や使い方、具体的な例文については、「出る杭は打たれる」とは?意味と使い方を例文付きでわかりやすく解説で詳しく紹介しています。

※記事内の人物画像はAIで生成したイメージです。実在の人物とは関係ありません。

スポンサーリンク

関連記事