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	<title>伊達政宗 名言に関する記事一覧 &#8211; 駅と観光と言葉の情報</title>
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	<description>駅やそこからの観光や言葉の意味など発信します</description>
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		<title>伊達政宗の家紋と名言と遺訓！像の3体と墓所(瑞鳳殿)の写真紹介！</title>
		<link>https://www.subvertise.org/datemasamunekamon/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ekiblog]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Aug 2021 00:58:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歴史の疑問・由来]]></category>
		<category><![CDATA[伊達政宗 名言]]></category>
		<category><![CDATA[伊達政宗 墓所 瑞鳳殿]]></category>
		<category><![CDATA[伊達政宗 家紋]]></category>
		<category><![CDATA[伊達政宗 象]]></category>
		<category><![CDATA[伊達政宗 遺訓 辞世の句]]></category>
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					<description><![CDATA[伊達政宗公の、家紋や名言と遺訓の数々や、別称独眼流政宗の辞世の句を紹介します。 宮城県内に、3体ある伊達政宗像の場所の写真を、私の撮影で。 墓所は瑞鳳...]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>伊達政宗公の、<strong>家紋</strong>や<strong>名言</strong>と遺訓の数々や、別称独眼流政宗の<strong>辞世の句</strong>を紹介します。<br />
宮城県内に、3体ある伊達政宗<strong>像</strong>の場所の写真を、私の撮影で。<br />
<strong>墓所</strong>は瑞鳳殿で、仙台市内では観光地になっています。<br />
アクセスや写真など、その風景や拝観料なども。</p>

<p>&nbsp;</p>
<h3 class="style3a">伊達政宗公の家紋は？定紋と替紋の一覧！</h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>伊達家の家紋には、当時の戦国大名と同様に、定紋と替紋を使い分けていたようです。</p>
<ul>
<li>定紋：正式な伊達家の紋<br />
替紋：定紋の代替えとして用いる</li>
</ul>
<p>定紋と、副紋（替紋）については、次の章で説明いたします。<br />
まずは、実際の家紋の数々を、見ていきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>伊達政宗公 伊達家の定紋のデザインは仙台笹！竹に雀の意匠！</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-1282" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/03/sijikairou15.jpg" alt="瑞巌寺の九曜紋" width="600" height="400" /><br />
（瑞巌寺の九曜紋：管理人撮影）</p>
<p>これは、私は宮城県人なので、地元。<br />
<strong>「竹に雀」</strong><br />
の愛称です。<br />
竹笹の真ん中に、スズメが二羽向かい合ってる、なんとも愛らしい家紋。<br />
これが、正式な仙台伊達家の「定紋」です。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3549" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj19.gif" alt="竹に雀紋" width="180" height="180" /></p>
<p>おなじみの正式な伊達家の家紋です。<br />
宮城県では、いろんな商品に、この家紋が使用されたお土産品が売られています。<br />
仙台駅で、ちょっと土産品屋さんを、覗いてみると、気が付くと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>伊達政宗公 伊達家の替紋の数々！</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>如何に紹介します。</p>
<p>1：丸に竪三引き両紋</p>
<p>伊達家では、政宗以前には、この家紋を使用していたとされます。<br />
この紋は、伊達家祖先が源頼朝の、奥州攻めに参加した時に、下賜されたと言われてる、由緒ある家紋です。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3548" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj1.gif" alt="伊達家の家紋" width="180" height="180" /></p>
<p>2：五七の桐紋</p>
<p>豊臣秀吉より、下賜されたと言われてます。<br />
本来、この紋は豊臣秀吉の家紋ですね。<br />
現在では、お国の公的な機関のところどころで見ます。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3551" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj17.gif" alt="" width="180" height="180" /></p>
<p>3：菊紋</p>
<p>同じく、豊臣秀吉より賜ったと言われています。<br />
この菊には16枚の葉があります。<br />
なので「十六葉菊」と称されます。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3550" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj18.gif" alt="伊達家の家紋" width="180" height="180" /></p>
<p>4：雪薄紋</p>
<p>これは何とも、当時の雪深さというか、秋の風情を感じる、素晴らしい紋だと思います。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3553" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj14.gif" alt="伊達家の家紋" width="180" height="180" /></p>
<p>5：九曜紋</p>
<p>この九曜紋は、上杉家でも見られるようですね。<br />
伊達家では、細川家の所望したとあります。<br />
細川家は、歴史ある名門。<br />
この紋を使用していたんだな～～と思うと、ちょっと感慨深いです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3552" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj15.gif" alt="伊達家の家紋" width="180" height="180" /></p>
<p>6：牡丹紋</p>
<p>延宝8年20代綱村公が、「近衛家」から拝領したと伝わる家紋。<br />
近衛家は、関白を輩出する五摂家の一つ。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3554" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj13.gif" alt="伊達家の家紋" width="180" height="180" /></p>
<p>7：蟹牡丹紋（仙台牡丹）</p>
<p>それに21代吉村公が手を加えて、「蟹牡丹」としたようです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3547" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/datekamonj12.gif" alt="伊達家の家紋" width="180" height="180" /></p>
<p>どうして、花の牡丹が、蟹になったんだろうか？<br />
さて？？</p>
<p>*そのほかにもあるようです。<br />
全部で13あるという、そんな説もあるようですが、メインはこの8つのような気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 class="style3a">戦国大名の定紋と替紋（副紋）があった理由について！</h3>
<p>昔の戦国武将は、家紋を位の高い方から、賜るのが常だったようですね。<br />
また、そういう方は、自分の家紋を下賜することで、威厳を保ったようにも見受けられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>定紋は一個だが副紋が多数あった理由！それぞれの定義は？</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>それぞれの定義は上で紹介しましたが、再度</p>
<ul>
<li>定紋：正式な伊達家の家紋（竹に雀）<br />
副紋（替紋）：定紋の代替えとして用いる</li>
</ul>
<p>です。<br />
この副紋（替紋）が、なぜに斯くもたくさんあるのか？<br />
なんで？</p>
<p>どうやらこういう事のようです。<br />
副紋とは</p>
<ul>
<li>1：譲り受けたり与えたもの<br />
2：記念して定めたもの<br />
3：自分の好みや趣向</li>
</ul>
<p>などなどなんだそうな。<br />
そういえば、記念硬貨なんてのがありますが、そんなようなもの？</p>
<p>副紋というのは、定紋ではないので、自由に戦国武将の皆さんは、定めて使用した・・そんなことのようです。</p>
<p>それと、もう一つの理由。</p>
<p>その家が滅ぶと、その家紋は原則使用禁止だったそうな。<br />
例えば葵の紋ですが、徳川家のみ。</p>
<p>武田家が滅びましたが、江戸時代はあの「武田」の家紋は、使用できなかったでしょうね～～<br />
そんなときに、副紋があるとそれを活用できた？？</p>
<p>そんな意味に、私は感じました。</p>

<p>&nbsp;</p>
<h3 class="style3a">伊達政宗公の名言の数々！心に沁みる言葉厳選！</h3>
<p>&nbsp;</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-2213" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/06/datemasamune.jpg" alt="伊達政宗公" width="280" height="479" /><br />
（wikipediaより）</p>
<p>伊達政宗公の「名言」です。<br />
他草なるのですが、その中から私の勝手で、5個だけ抜粋してみました。</p>
<p>1：物事、小事より大事は発するものなり。油断すべからず。<br />
2：まともでない人間の相手をまともにすることはない。<br />
3：大事の義は人に談合せず、一心に究めたるがよし。<br />
4：気長く心穏やかにして、よろずに倹約を用い金銀を備ふべし。<br />
倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり、この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし。</p>
<p>これ、心に沁みます。<br />
確かに大事は小事からですね～～<br />
日のないところに、煙は立ちませんから。</p>
<p>大事は人に談合せず・・もちろんですね。<br />
有言実行というのもありますが、基本私は不言実行です。<br />
大事は、相談なんぞしません。</p>
<p>などなど・・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 class="style3a">伊達政宗公の遺訓（伊達政宗五常訓）の内容！辞世の句は？</h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>伊達政宗公の遺訓は、有名な「伊達政宗五常訓」です。<br />
別名「貞山政宗公遺訓」とも呼ばれています。<br />
内容は以下です。</p>
<ul>
<li>仁に過ぐれば弱くなる。<br />
義に過ぐれば固くなる。<br />
礼に過ぐれば諂（へつらい）となる。<br />
智に過ぐれば嘘を吐く。<br />
信に過ぐれば損をする。</li>
</ul>
<p>「仁、義、礼、智、信」</p>
<p>について説いています。<br />
とてもいい言葉に感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>伊達政宗公の辞世の句！</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>伊達政宗公の、辞世の句は以下です。</p>
<blockquote><p>「曇りなき心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞ行く」</p></blockquote>
<p>解説です。</p>
<blockquote><p>何も見えない真っ暗闇の中で、月の光を頼りに道を進むように、戦国の先の見えない時代の趨勢を自分が信じた道を頼りにただひたすら歩いてきた一生であったなあ。</p></blockquote>
<p>という、感慨不快辞世の句です。<br />
確かに、月明かりの下を進むような、戦国の世を自分自身の力で開拓して、一大王国を築いた、そんな人生かと。<br />
部下にも、恵まれたような気がします。<br />
「片倉小十郎」<br />
なくば、こうは上手くいかなかったかもしれません。<br />
もしかしたら、「人取り橋」の負け戦で、感情に任せて突撃したら・・</p>
<p>生きていて初めて、再生はできるお話。<br />
今、嫌なことがあっても、今だけのことかもしれません。</p>
<p>1年後生きていれば、笑っていい人生を、送っているかもしれません。</p>
<p>中に「<strong>自分が信じた道</strong>」とあります。<br />
ここが肝だな～～と思いました。</p>

<p>&nbsp;</p>
<h3 class="style3a">伊達政宗公の宮城県内の像の写真！撮影してきた！</h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて・宮城県には、伊達政宗公の像が3体あります。<br />
これは、全身の像です。<br />
騎馬像が2体と、全身の立ち姿が一体です。</p>
<p>以下に紹介します。<br />
すべて私の撮影です。<br />
宮城県に住んでますので‥</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>仙台城址公園（青葉城址公園）の騎馬銅像！</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここは仙台でも、人気の観光スポットです。<br />
仙台観光なら、まず外せませんね。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-2177" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/06/datemasamunekoyukari13.jpg" alt="青葉城址公園の伊達政宗像" width="640" height="480" /><br />
（管理人撮影）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>岩出山有備館駅の騎馬像！</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>新幹線古川駅から、「陸羽東線」に乗り換えて、何分かな～～多分30分～40分くらいかな？？（不確定：電車ではいったことがない）<br />
岩出山の、有備館駅を降りてすぐ右側。<br />
そこに展示されています。</p>
<p>この像は、元は仙台駅の、今は待ち合わせの名所の「ステンドグラス」の場所に立っていました。<br />
元々、仙台藩は岩出山が居城だったこともあり、そこに移動したんだな。<br />
すぐ目の前が「有備館」で、池がとてもきれいです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-2176" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/06/datemasamunekoyukari12.jpg" alt="有備館駅の伊達政宗像の写真" width="640" height="480" /><br />
（管理人撮影）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>岩出山城址公園の立ち姿象！</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>有備館駅から、歩いてどん位だべ？（車でしか行ったことがない）<br />
1kmちょっとかな～～少し登坂がきついです。<br />
そこの、公園内に立っています。<br />
元は、ここが仙台藩の居城で、仙台城を築城期間は、ここが本部ですね。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-2184" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/06/datemasamunekoyukari112.jpg" alt="岩出山城址公園の伊達政宗像" width="640" height="480" /><br />
（管理人撮影）</p>
<p>そのほかに、仙台市博物館に、胸像があるようですね。<br />
此方は、行ったことはあるのですが、実際に私の撮影ではないので、遠慮しておきます。<br />
初代の、仙台城址公園の銅像だったそうです。</p>
<p>・・・・・・・・・<br />
伊達政宗公の正室と、側室の方の名前と、子供の名前や、その後の処遇をまとめてみました。</p>
<p><a href="https://www.subvertise.org/datemasamunekodomo/">伊達政宗の正妻と側室と子供は何人？名前とその後の処遇はどうだ？</a></p>
<p>伊達政宗公の関ケ原以前と以後での石高の推移を、まとめてみました。</p>
<p><a href="https://www.subvertise.org/datekokudaka/">伊達政宗の関ケ原以前と以後の石高と兵力動員数は？生涯年表で表示！</a></p>
<p>関ケ原以前の増え方は、あっという間・・武田信玄や、上杉謙信公に全く劣らないですね。<br />
・・・・・・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3 class="style3a">伊達政宗公の墓所！仙台瑞鳳殿！</h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>伊達政宗公の墓所は、仙台にある「瑞鳳殿」です。<br />
戦時中に被災して新たに、発掘調査をして復元されました。<br />
とても荘厳なものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>瑞鳳殿へのアクセスと拝観料は？</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>アクセスは以下です。</p>
<p><iframe loading="lazy" style="border: 0;" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m18!1m12!1m3!1d3133.2478590468804!2d140.86427851531187!3d38.25055714241574!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!3m3!1m2!1s0x5f8a286950bc2ff3%3A0x2cda41b3bb5bc839!2z5LuZ5Y-w6Jep56WWIOS8iumBlOaUv-Wul-WFrOmciuWxiyDnkZ7ps7Pmrr8!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1629676350158!5m2!1sja!2sjp" width="600" height="450" allowfullscreen="allowfullscreen"></iframe><br />
（google mapより）</p>
<p>拝観料や、写真は以下に紹介します。<br />
私が行った時の写真です。</p>
<div id="attachment_3556" style="width: 650px" class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3556" class="size-full wp-image-3556" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/zuihouden3.jpg" alt="仙台瑞鳳殿の写真" width="640" height="480" /><p id="caption-attachment-3556" class="wp-caption-text">OLYMPUS DIGITAL CAMERA</p></div>
<p>拝観料はこちらの写真で。</p>
<div id="attachment_3557" style="width: 510px" class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3557" class="size-full wp-image-3557" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/zuihoudenn2.jpg" alt="仙台瑞鳳殿の写真" width="500" height="375" /><p id="caption-attachment-3557" class="wp-caption-text">OLYMPUS DIGITAL CAMERA</p></div>
<p>本殿の入り口です。</p>
<div id="attachment_3555" style="width: 650px" class="wp-caption alignnone"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-3555" class="size-full wp-image-3555" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/zuihouden1.jpg" alt="仙台瑞鳳殿の写真" width="640" height="480" /><p id="caption-attachment-3555" class="wp-caption-text">OLYMPUS DIGITAL CAMERA</p></div>
<p>すごい化粧の作りです。<br />
日光東照宮並の、手の混んだつくりに感じました。<br />
大きいか、小さいかの違いですね。</p>
<p>拝観料は、写真を参考にしてください。<br />
アクセスには、仙台駅のバス乗り場で<br />
「るーぷる仙台」<br />
が、一日乗り放題で、定額料金で、しかも地下鉄がセットのものもあって、便利です。<br />
この循環バスに乗れば、仙台市内の観光地に、連れて行ってくれます。</p>
<p>勿論、仙台城址公園にも。</p>

<p>&nbsp;</p>
<h3 class="style3a">伊達政宗公は宮城県人の誇りだ！地元民の私はそう思う！</h3>
<p>&nbsp;</p>
<p>「伊達政宗公」<br />
の、家紋や象の場所や写真や、名言や遺訓、さらには墓所の「瑞鳳殿」のアクセスや写真などを、紹介してきました。<br />
私は、宮城県在住なので、そのほとんどのゆかりの地は、行ったことがあります。</p>
<p>特に、松島は大好きです。<br />
そういえば、瑞巌寺の瓦紋が<br />
<strong>「九曜紋」</strong><br />
です。<br />
どこかに写真があったと思いますが、この紋はなんだろうな～～と思ったことがあります。<br />
思い出しました。（張っておきました）</p>
<p>仙台藩は、岩手県内にまで入り込んでいます。<br />
よくよく調べてみると、仙台より南よりは、北側も無視できない面積だったんだな～～と。</p>
<p>一関市は、伊達藩の分家で、伊達政宗公の正室<br />
「愛姫（めごひめ）」<br />
の出身地「田村藩」を再興したものです。</p>
<p>分家・・になるんだな‥多分。<br />
紆余曲折があったようですが。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3558" src="https://www.subvertise.org/wp-content/uploads/2021/08/senndaijyoyakei5640.jpg" alt="仙台城址公園の夜景写真" width="640" height="426" /><br />
（仙台城址公園からの仙台の夜景：管理人撮影）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>数々の文化遺産を残してくれた伊達政宗公！</h4>
<p>&nbsp;</p>
<p>今の現代では、観光地と言えば、私個人的には</p>
<ul>
<li>1：観光名所（風光明媚）<br />
2：文化遺産</li>
</ul>
<p>このどちらかかな～～と思います。<br />
勿論、ほかにも、映画関連とか、古戦場など・・そうとも言い切れない者の分類も、沢山あると思います。<br />
宮城県での観光名所なら</p>
<p>風光明媚：鳴子の紅葉、作並温泉、松島、栗駒山の紅葉などなど他沢山<br />
文化遺産：松島の瑞巌寺他・・仙台城址公園内、伊達政宗公ゆかりの地・・などなど・・</p>
<p>文化遺産というのは、思うにそのほとんどが、「伊達政宗公」にゆかりがありそうです。<br />
これだけのものを残してくれたことには、宮城県人としては、本当に感謝ですね。</p>
<p>奥州平泉は、世界遺産になりましたが、それも奥州藤原三代が残した文化遺産です。<br />
しかし、それに深く維持運営にかかわったのも伊達藩です。</p>
<p>偉大な功績かと思います。</p>
<p>＊この時代背景を整理して理解したい方には、<br />
図解でまとめられた書籍も参考になります。</p>
<p><a href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/0976fab7.b4c03314.0976fab8.38597618/?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18269443%2F&#038;link_type=text&#038;ut=eyJwYWdlIjoiaXRlbSIsInR5cGUiOiJ0ZXh0Iiwic2l6ZSI6IjI0MHgyNDAiLCJuYW0iOjEsIm5hbXAiOiJyaWdodCIsImNvbSI6MSwiY29tcCI6ImRvd24iLCJwcmljZSI6MSwiYm9yIjoxLCJjb2wiOjEsImJidG4iOjEsInByb2QiOjAsImFtcCI6ZmFsc2V9" target="_blank" rel="nofollow sponsored noopener" style="word-wrap:break-word;">『地図でスッと頭に入る 豊臣一族の戦国時代』（楽天） （書籍） [ 小和田 哲男 ]</a></p>
<p>・・・・・・・<br />
戦国時代の、石高ランキングです。<br />
関ケ原以前と以後に、まとめてみました。<br />
それと、兵力動員数についても、まとめてみました。</p>
<p><a href="https://www.subvertise.org/sengokukokudaka/">戦国時代の石高ランキング上位ベスト10は？石高に見る兵動員数！</a></p>
<p>徳川家康公の、石高の増え方は半端ないです。</p>
<p><a href="https://www.subvertise.org/tokugawakokudaka/">徳川家康の石高の推移と増え方を歴史の年表で！幕府開始時は幾ら？</a></p>
<p>驚くべきスピード出世！<br />
天下人は約束されていた？<br />
そんな印象も！</p>
<p>・・・・・・・・・・・<br />
**多分に自分の主観を入れて書いてますので、？？？な部分があっても容赦ください。<br />
瑞鳳殿の、写真はたくさんあるのですが、有料の場所なので、入り口だけにしました。<br />
ヘッダーの写真は、仙台の仙台城址公園からの風景です。（私の撮影です）</p>
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